たられば・・・

トレーニング
スポンサーリンク

ああしていたら、こうしていれば

 

こういった「過去」のことについて考えて

やらなかったことを言い訳にするとき(たられば)を使います

 

真面目な人ほどこの(たられば)は多いと思うのですが

この思考、結構厄介なんですよね

「するな」というわけではないのですが

結構引きずりませんか?

 

僕は引きずります

 

役者に限らず色々な仕事でもよくあるんですが

例えば失敗などをクライアントから

これ事前に対策できただろう」となるわけですが

そのタイミングでは最善」だったことがままあって

お芝居なんかは「予測できないこと」は割とあるんですよね

 

ここで自分を縛るのが「たられば(言い訳)」

 

僕自身は「言い訳」が悪いとは思いません

相手に伝えなければそして(多く)反復しなければ

できなかった「原因」と「事実」は変わらないので

その(たられば)から「失敗した答え」を探さなければならないです

これを「反省」というと思います

 

僕が対人関係で面倒臭いなと思うのが

この「言い訳」と「事実」の認識違いですよね

言い方の問題もあると思うんですが

失敗した原因を「事実」として伝えても

言い訳をするな』と言われることがあるわけです

いや〜本当に面倒くさい

なので僕は言い切る形にしました

「機械エラーです」「ヒューマンエラーです」と

それも誤解させるんですけどね

ただ、内容の事実を伝えたところで

解決しなかったことが多かったのでこうなりました

内容は聞かれたら答える程度

芸能は結構あります『言い訳するな

 

よく理由を聞かれるんですが

理由を知りたいのか、認識させたいのか

わからないことが多いんですよね

アルバイト時代後輩に

なんで?」「時間が・・・」「言い訳を・・・

というのが自分でもよくわからなくなったので

理由を聞くのをやめました

次、できる?」って聞くようになったかな・・・

そもそも失敗しないことなんてありえない訳で

日々何かを選択してどちらかを選んでどちらかを捨てる訳です

それが小さなことであれば今この瞬間認識しないほどの感覚

大きなことであれば時間をかけるでしょう

それすらも小さな選択の積み重ねですが・・・

捨てたものの方が良かった

ということがあり得るわけで

それを僕らは「失敗」と呼ぶんですよね

 

失敗自体は「」ではなく

最良の選択」ではなかっただけ

可能な限り回数を減らせれば良いので

たられば)から「最良の選択」の精度を上げていけたらいいね

というお話でした

コメント

タイトルとURLをコピーしました